比較の言葉は必要?

皆さま、こんばんは。(^-^)

うつ症状・人間関係改善に特化した

心理セラピーサロン

フィールハートの豊福多美子です。

 

昨日久しぶりにお友達と会って、とてもゆっくり話しました。

同じ年の友達なので、もっぱら身体の不調などで飛び交いましたが…

いろんな事を本音で話せる数少ない友達です。
とても楽しかったです。

 

昔話をしていたら、それをキッカケに、昔、ある人から言われたどうしても納得出来ないある人の言い分を思い出しました。

当時私は30代で相手の人は50代の女性でした。

その人に、我慢は、できるほうがしたらいい、という話を言われました。

 

「自分は若い頃から蝶よ花よ、と優雅に育ってきた人生なのに、人生の後半にこんなに苦労する事になって、これ以上我慢などする事など出来ない。

 

それに引き換えあなたは、子供の頃から苦労してきたから、苦労が苦と感じないだろうから、我慢できるょ?あなたが我慢して」と言われました。

 

その人は、
「今の自分の人生が最も辛く耐えられない…。

いっそ自分が、過去もっと苦労した人生なら、人生の後半、今の苦労に出会ったとしても苦に思わないはずだ。」という理屈だそうです。

 

優雅に育った人生がある時から失われたらショックがあるのかもしれませんよね。

確かに人のストレスのなかで、
喪失感はとても高いストレス度と言われていますから…

 

でも…なんか、すごい自分目線です、笑
30代の私は、50代の圧に負けました、笑

 

私が我慢する結果に至りました。

ツライ感情ほど主観的になり、なんとか自分を分かってほしくて、必死になるものですよね。

 

だから、自分目線からの比較の言葉を使ってしまうのかもしれません。

だけど、今の私がこの事情を見てみたら、

自分が我慢出来ないという、結論に対して、

 

私の苦労した件、引き合いに出す必要ある?って思います。
いりませんよね。

 

そして、50代の今の私が、違う角度で見てみたら、

「蝶よ花よと優雅に育ってきたから、これからはちょっと苦労してみるわ。」

とも言えちゃう話です。

 

「あなたは苦労してきたから、
これからは、少しは楽をしていいよ」と言えちゃう話です。

 

同じ出来事に出会っても
受け取り方が違います。

そしてその受け取り方で味わう本人の感情も違い、発する言葉の違いにより目の前にいる人の気持ちも全く違います。

出来事への受取りかたは、自分の心も楽にしますし、人間関係が楽になります。

 

そして、もう一つ、
「なくす」ことは、過去に「.あった」ということです。

そこにも気がつけると、ない人に対して、言えない言葉ですよね。

遠い記憶を思い出した日でした。

 

最後までブログをお読みくださりありがとうございました。

皆さまのお越しをお待ちしています。

 

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頭痛専門 フィールハート整体院
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